当協会は、一般のマリーナと異なり、皆さんが持ち寄る会費を原資に、海洋思想の普及、青少年の健全育成等の社会事業に取り組む一方で、マリンスポーツ・マリンライフを享受する、両輪相まった活動をすることを目的とする公益性の高い社団法人です。
<目的>
この法人は、福岡県内において海洋スポーツを行うもの及びその普及発展に関心のあるもので組織し、海洋スポーツ振興並びに青少年の健全育成に寄与することを目的とする。
<事業>
目的達成するために次の事業を行う
1.海洋思想の普及発展
2.海を錬成の場とする青少年及びその団体の育成・指導
3.海技免許、船舶無線従事者資格等の取得に関する奨励・指導
4.海難事故防止及び海浜の美化等環境保全のための活動・指導
5.目的達成のための、会員相互の融和・連携に関するもの
6.その他、目的を達成するために必要な事業
<綱領>
1.海洋スポーツ協会は、海を修練の場として知性ある冒険心を培う
2.海洋スポーツ協会は、健全な青少年を育てるために働く
3.海洋スポーツ協会は、美しくたむろして市民の海を確保する
<スローガン>
海へ伸びよう! 海をきれいに!
<沿革>
協会の沿革概要
昭和45年 | 9月16日 | 社団法人設立認可(福岡県教育委員会) |
9月16日 | 初代会長に瓦林 潔 就任 | |
昭和46年 | 7月20日 | 第1回日韓親善玄界灘横断(6隻20名) |
昭和47年 | 7月31日 | 小型船舶専用海岸局(27MHZ)開局(九州地区初の免許) |
8月17日 | 第1回訪日韓国高等学校生特別訓練(13名) | |
昭和48年 | 8月5日 | 第2回日韓親善玄界灘横断(13隻42名) |
8月17日 | 第2回訪日韓国高等学校生特別訓練(26名) | |
昭和50年 | 4月19日 | 第2代会長に渡邉 茂 就任 |
7月10日 | 福岡市立少年科学文化会館に、健全な青少年育成のため海洋児童文庫を設立、図書寄贈(現在も継続) | |
昭和53年 | 9月15日 | 協会棟が台風18号で全壊 |
昭和54年 | 9月15日 | 協会棟再建 |
昭和55年 | 11月22日 | 創立10周年記念事業実施・協会歌制定 |
昭和56年 | 4月18日 | 副会長 高松隆之助 福岡海洋少年団団長に就任 |
昭和57年 | 9月17日 | 財政再建実行委員会設立(委員長・山田昭彦) |
昭和60年 | 5月12日 | 第3代会長に高松隆之助 就任 |
昭和61年 | 8月23日 | 協会を荒津(現在地)に移転 |
8月31日 | 旧協会所在地を福岡市に返還 | |
9月15日 | 新協会施設完成(現在地) | |
昭和63年 | 1月20日 | 船舶用無線海岸局(400MHz)開局(九州地区初の免許) |
平成元年 | 4月1日 | 副会長 山田昭彦 福岡海洋少年団団長に就任 |
平成 2年 | 9月16日 | 創立20周年記念事業実施 |
9月16日 | レスキュー隊発足(体長 山田昭彦 隊員80名) | |
平成 3年 | 9月22日 | 会長 高松隆之助 福岡海洋少年団名誉団長に就任 |
9月27日 | 台風19号協会を直撃、被害甚大 | |
平成 4年 | 3月27日 | 台風19号による災害復旧工事完了 |
4月8日 | 常務理事 酒井偉彦 福岡海洋少年団団長に就任 | |
平成 6年 | 2月16日 | 船舶用無線海岸局(150MHZ)開局 |
2月16日 | 無線空中線柱新設(27・400・150MHZ) | |
平成 7年 | 3月31日 | 協会内に防犯カメラ・警備装置つき監視硝を設置 |
10月1日 | 『創立25周年を祝う集い』開催 | |
平成 9年 | 5月25日 | 第4代会長に 山田昭彦 就任 |
平成11年 | 3月11日 | 永年にわたる青少年育成の功績により、県教育文化表彰を受賞 |
平成12年 | 9月24日 | 創立30周年記念式典並びに祝賀会を開催 |
12月1日 | 創立30周年記念誌 発行・配布 | |
平成13年 | 8月26日 | 一般市民を対象とした体験航海とヨット教室開催 |
平成14年 | 8月25日 | 会長 山田昭彦 福岡海洋少年団名誉団長に就任 |
平成15年 | 3月5日 | 会長 山田昭彦 青少年の健全育成に尽力し、教育文化の振興に寄与した功績により、県教育文化表彰を受賞 |
平成16年 | 4月1日 | 旧巡視船『たまゆき』を海洋教室として開設する事業着工 |
平成17年 | 3月20日 | 福岡県西方沖地震により被災 協会施設被害甚大 |
3月31日 | 旧巡視艇『たまゆき』を海洋教室として開設する事業完了 | |
平成18年 | 8月6日 | 『たまゆき』海洋教室開設 |
平成19年 | 3月19日 | 海浜砂入れ作業(3月31日完了) |
5月18日 | 第5代会長に俵 政喜 就任 | |
平成20年 | 8月22日 | 福岡海洋少年団地区大会「体験航海」協力支援 |
平成21年 | 3月31日 | 新牽引車(あんこうII)購入、安全祈願 |
平成22年 | 2月2日 | 福岡市立少年科学文化会館『海洋児童文庫』への助成金の贈呈(第29回) |
2月2日 | 福岡市へ放流稚魚の贈呈(第1回) | |
2月2日 | 福岡海洋少年団への助成金の贈呈(第38回) | |
8月22日 | 創立40周年記念式典・祝賀会開催 | |
平成23年 | 5月15日 | 創立40周年記念誌 発行・配布 |
5月15日 | 第6代会長に小金丸庸雄 就任 | |
平成25年 | 4月1日 | 一般社団法人 福岡県海洋スポーツ協会 認可 |
5月26日 | 第7代会長に榊原 繁 就任 | |
令和5年 | 5月28日 | 第8代会長に村上正樹 就任 |
協会設立の趣意
初代会長 瓦林 潔(元九州電力 会長)
昭和45年9月16日
人類が、科学や産業を海洋に進展させる時代となりましたが、四面を海に囲まれた国土をもつ日本人の大多数は、その言葉だけで海洋開発の時機到来と甘いムードに浸っているのではないだろうか。
海洋を開発しようとする科学も、技術も、産業も、海を恐れずに親しむ心のなかから生まれてくるものであるが、我々の周囲には初めから海を危険なものとして恐れる人達が意外に多い。
日本より冷たい厳しい環境のなかにありながら、北欧の子ども達は自転車を扱うような気易さでボートを操り修練に励み、海洋国の将来を担ってきました。それは、その父、その母が、海を恐れなかったからである。
我々もこのように、生活と結び付いた伝統を育てなければ海洋文化の開発に対応することはできないのではないだろうか。
このような観点から、高松隆之助君を始めとする有志者の間からヨット、モーターボート、水上スキー、潜水などの「海洋スポーツ」を振興することによって、一般市民や青少年に、海に親しむ心を養わせ、海洋における基礎的な地理・気象の知識を習得させ、自然と闘うに必要な体力と知性ある冒険心を植え付けるための組織作り活動が始った。
さらには、海を修練の場とする人達に、海上での作法や規則を徹底させるために必要な基地を求める運動も活発化し、福岡市を初めとする関係方面への働きかけが熱心に行われた。
この運動とあくなき熱意が市当局を動かし、昭和45年9月16日、ついに海洋スポーツ協会を結成、健全な青少年を育成する団体という目的により、福岡県教育委員会から社団法人として認可された。
基地についても、当時市の内部には海岸を特定の人に貸すことに猛反対があったが、港湾管理者である福岡岡市長の阿部源蔵氏が『大人の遊び場じゃない。一所懸命青少年のために使うならば…』と言って承認の印を押された。
この鶴の一声で福浜海岸に荒津基地が誕生し、ここに名実とも『社団法人 福岡県海洋スポーツ協会』が誕生したのであることを忘れてはならない。